Category Archives: 日本語ブログ

久しぶりにダーチャのこと

気が付けば、ブログに書くのは久方ぶりで、私の小屋は「ダーチャ」と呼ぶことにしてからずいぶん時が過ぎ、また作業も進みました。その間に村上春樹の本も一冊読んだし、土台ができて柱が立ち、壁が付いてドアに鍵が付き、屋根が仕上り、そして念願の窓がガラス付きで入り、電気が通り、天井を張り… 柱を組んだのが2014年の年末でしたから、まるまる1年ということになります。今回は外壁に漆喰をぬりました。これでもう雨が降っても心配なくなります。壁に張ったベニヤ板の隙間もしっかり埋まったので、断熱性もアップしたはず。 今年の冬はダントツで暖冬なので、ダーチャで寝泊まりしても凍えることはありませんでした。周りはほとんど田んぼと民家がぽつりぽつりという環境なので、夜は動物の存在をより身近に感じることができます。

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テーマ『家族』

今回受験した検定での作文課題です。テーマは家族ということで、できた超短編です。

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文芸翻訳検定、またまた不合格

2度目の挑戦でいけるかな…と思っていましたが、また不合格でした。 ようやく「なかなかハードルは高いよ」ということに気付いております。 今回の翻訳課題はジェフリー・アーチャーの小編だった(そう)ですが、ということはイギリスで鍛えた私としては読みやすかったはず。なのに設定がアメリカだったので、しかも、個人的感想としては、この人の文章は好きではない!と試験解答中に気付いてしまったため、あまり気持ちが入りませんでした。 審査された方々の講評としては、いろいろと自信になるようなお褒めの言葉もいただき、マア次は三度目の正直、となることを期待しています。 いつしか、自分の翻訳した書籍が日本の書店に並ぶ日が来るでしょうか。(もし来たら皆さん買ってください)

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昼間の散歩

気合を入れて、午後から散歩に行きました。昼間の街をまともに歩いたことがなかったので、マルセイユ駅→県庁庁舎→聖ニコラ・デ・ミール教会→ノートルダム・デ・ラ・ガルド大聖堂→買い物というコースで4時間かけて歩きました。 外出するたびに呪文を唱える自分がいます。スマイルスマイル・パーレパーレ。知らず知らず肩に力が入ってしまいます。「話さなければ」「聞き取れない…」と考え出すとだんだんテンションが上がってしまいます。そう思うたびに肩の力を抜いて、「子供なんだから、分からなくても恥ずかしくない」と自分に言い聞かせています。 学生時代から、学んでいる言語を独り言のようにぶつぶつ言いながら練習する癖があります。そのくせ、いざ話さないといけない場面になると、声が小さいんですね。自信がないからでしょうね。なので今日は、「声を出そう」という呪文が増えました。 買い物は、なんとなくできるようになりました。文具屋でノートを買い、道端で花束を買い、いつものパン屋でいつものパンとキッシュを買い、おばさんとちょっとだけお話をして、道すがらのアルチザンのチーズ屋でチーズを買い、隣の八百屋で野菜を買って、最後にスーパーでその他もろもろを買い、「袋はいりますか」の質問にも無難に答えられるようになりました。道すがら金を欲しそうに近寄ってくる人には自信をもってフランス語が分からないと言うことができるようにもなりました。我ながら苦笑です。

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プロジェクト折り返し地点

フランスでフランス語を覚えるプロジェクトも半分を過ぎました。 当初計画していたことはほとんど何も実行していませんが、計画外だった展開もあり、それなりに進んでいます。 日本人が英語教育において世界で通用する実用的な力がなかなか身に付かないということはそこここで話題になりますが、自分の過去の留学経験からしても、目的がはっきりしていない間は、海外にでたって言葉は身につかないと言えると思います。その意味では、いくら学校教育に「英語で行う授業」などを取り入れたりALTを導入したりしても、これまでのつめこみ・ゆとり教育と五十歩百歩かもしれません。かくいう私も、今回は「現地でフランス語を学ぶ」という漠然とした目的だったことは否めないなぁと感じています。 でも人との出会いがあり、その人たちの言うことを理解したい、伝えたいという意識があったことで少しずつ身近に感じ始めています。伝えたいことがあるというのが一番のモチベーションかな。 英語を学んでいたころの自分に重ねて考えると、まだまだ先は長いようです。

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マルセイユで1週間

知らない街に行くのはワクワクします。 今回は旅行ではなく、部屋を借りて1カ月そこで「暮らす」スタイルで毎日何かしら言葉を覚えようというコンセプトなのです。 借りたスタジオアパートメントは中央駅から徒歩10分ほど、大通りもすぐ近くで常に騒音が聞こえてきます。土地のこと、地元のことはほぼ何も知らないまま来てしまいましたが、返って出会う人にいろいろと教えてもらえるので、子供になったつもりでいます。 1週間半たちましたが、何人かの人と一期一会の機会がありました。普通に会話するのはまだまだ無理ですが、少しずつ言葉の感触を得ているように感じます。メッセンジャーなどのメディアを介してコミュニケーションも少しはできるようになりました。単語の綴りもだんだんとなれてくるものですね。 出発前に考えていた目標は、「店で買い物をする」ということでしたが、これは何とかクリアしているように感じます。なので、帰るまでに「見知らぬ人と5分会話を続ける」ことを新しい目標にしたいと思います。

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テストの回答その2『水』

小説は祐子の頭の中で鮮やかな情景とともに膨らんでいた。目の前には暗く輝く水面が果てしなく続き、空との境界線がくっきりと一本の線で視界を二分している。じっと白紙の原稿に肘をつき、組み合わせた両手に顎をのせた姿で目をつぶり、あたかもその水の上を裸足でゆっくり歩いているような心象に酔っていた。 「薬は飲んだのか。」 背後から低い夫の声が輝く海原を打ち砕く。妻を心配しながらも、この数年間、何が原因ともわからない彼女の激しい情緒の浮き沈みに少なからずも感じ始めていた疲労がその声の底辺を静かに湛えている。彼女は不意に飛び込んだ現実というもう一つの世界に一瞬めまいを感じうろたえた。そして絞り出すように「うん。今日は落ち着いてるみたい。」と答えた。 ベッド際のテーブルには催眠剤の小瓶が封も切られずに放り出されている。 「今日は天気もいいから、河原まで散歩にでもいくか。」 ため息を静かに呑み込んで、夫は妻の後ろ姿にそう話しかけた。 「そうね。でも今日は芦屋の叔母さまがみえるわ。それに…」 「そうか。じゃあ昼飯でも食いにいかないか。たまには…」 「それに、原稿の出だしが書けそうな気がするの。」 そう言いながらゆっくりと夫の立っている方へ首を傾けた彼女の瞳が、静かに、そして頑なに彼を拒んでいるように夫には思えた。くるりと向きを変え妻に背を向けたところで力なく「そうか。」とだけ言い残し、夫は寝室を出た。   芦屋の叔母さまとは、由緒ある藤井家に嫁いだ父の姉のことである。藤井家の娘、つまり祐子のいとこ郁とは年の頃も近く、子供のころから夏休み毎に顔を合わせている。二人とも大学を出てそれぞれに仕事だの留学だのと環境が変わってしまってからは、特に連絡を取り合うこともなく、こうやって叔母が訪ねてくる時に顔を合わすくらいになっていた。 郁のことは嫌いではなかった。ただ、次から次へと関心が移ろいで行く様子は祐子とは対照的で、歌うように話すその話し方に祐子は苛立ちをおぼえることも時折あった。 にわかに玄関のほうから来訪者の到着が、こもった録音テープのように聞こえてきた。それまで両耳を気ままに覆っていた長い髪を後ろで結わえカーディガンを羽織り、ゆっくりと寝室を出たのは午後一時を過ぎたころだった。 「あら、祐子さん。とてもお元気そうじゃない。」 叔母はあまり表情を変えることなく、少しよそ行きの声で軽く会釈した。 「ご無沙汰しております。ええ、今日はとても気分がすぐれますの。叔母さまも郁さんもお変わりなさそうですね。」 「ごめんなさい、予定していたバレエが急にキャンセルになっちゃって。思っていたより早くに着いてしまったもんだから。」 叔母の後ろに半分隠れるように立っていた郁が母親の脇から顔を突き出すようにして笑って見せた。ふと祐子は全身があの深い碧色の水で満たされる様子を想像した。素肌を撫でる心地よい風や柔らかな太陽の光など及びもしない、崇高な内なる快感を覚え、微かに身震いするほどだった。 しばらく叔母と郁の他愛ない芦屋事情に耳を傾け、ひとしきりの「お見舞い」儀礼に付き合いながら、祐子はけらけらと話す郁を見るたびに、あの碧い水の感覚を確かめていた。   二人が去り再び静寂が戻った頃には、祐子の心は渇ききっていた。今日までの一日一日が何か未完成のまま置き去りにされてきていたように思えてならなかった。何かを欲していながら満たされないことを承知している内なる自分が、身体を満たしたあの水に押し上げられ、感覚的にその居場所を明らかにしたかのようだった。美しいものへの憧れだと決めつけていた水の女神への崇拝感情は、ベラがあのコートを脱ぎ捨てた瞬間に実はその本質を露わにしていたはずであったのに、自らそれと気づかぬうちに別の、流行りのコートを着せて美化していたにすぎなかったのだ。 潤いはあの女神像にしか見いだされなかった。現実の世界の何物もそれに取って代わることはできない。見る見るうちに心の中心に暗く深い淵が現れ、祐子はその中に吸い込まれていく。淵の水は肌を突き刺すように刺激し、今まで想像していたような柔らかに包み込む感覚はない。それでも祐子は淵から出ようとはしなかった。この水が彼女に残された唯一の居場所だったのだ。  * * * * * 「どうして河原へなんて言ってしまったんだろう。」 捜索願を出して三日後、引き揚げられた遺体の確認のため安置所に向かう夫には、真実は明らかになることはない。

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テストの回答《水》

ベッドに横たわりながら祐子はぼんやり考えていた。今日は芦屋の叔母さまがいとこを連れてやってくる。午前十時をまわっていた。目はすっかり覚めているものの、すぐに寝室を出る気にもならない。祐子はゆっくり起き上がると、吸いかけの煙草に火をつけて一人掛けのソファに座り込み、何カ月も手付かずになっている原稿用紙を膝に乗せ、そのまま別世界に沈み込んでいった。 ストーリーの主人公はロシアのうら若き女流詩人ベラ・アフマドゥーリナである。革命の風が吹き始めたモスクワで大学生活を謳歌しつつも、したたかにしのびよる思想統制の足音を鋭く風刺する、情熱的な美しい黒髪の女性だ。 ある一月の晩、大学で開かれた詩の朗読会に颯爽と姿を現し、すでに支持者を多く持つ著名な若き男性詩人たちの中で紅一点の彼女は、ひるみもたじろぎもせず、とぎすまされた感性から生まれる感情をいとも美しい言葉で紡ぎだし、聴衆を魅了した。 その頃の詩の朗読会はえてして、聴衆が自由に意見をのべる一種の娯楽のようなもので、人々は贔屓の詩人に思い思いのテーマを投げかけ、詩人が即興で謳うのを楽しむという場面もしばしばあった。 当時日本からの唯一の留学生であった「私」は、どういうわけかある詩人との出会いを通じてこの朗読会に居合わせることとなり、ここで初めてベラと出会うことになったのだ。そして、以来決して忘れることのない一晩を過ごすことになる。 朗読会の余韻を引きずりながら、ステージを飾っていた詩人たちが束になって会場を後にし、そのままモスクワ川の河岸広場へ繰り出した。もちろんベラも一緒だ。私は友人ユーリーの後について歩き、時折思い出したように詩を唱える情感に満ちた詩人たちの声に耳を傾けていた。 一月も半ばというのに、モスクワ川はまだ完全に氷っていない。川面のほとんどは白く凍てついてはいるものの、ところどころに深い苔色の水がその下を流れているのが見える。紙袋から首をのぞかせたウォッカの瓶が連中の手から手へと渡り、やがて一行は護岸の一か所に思い思いに座り込む。 しばらく黙り込んでいたベラがおもむろに立ち上がり、ファーで縁取られたコートを脱ぎ捨てた。「今度は何をやらかすつもりなんだ。」と囃したてる男連中を気にも留めず、あっという間に全裸になった彼女は、さっそうと川のほうへ走り出したかと思うと、瞬く間に深く柔らかい碧色の水に吸い込まれていった。 透き通るような白い肌に、水に濡れて艶やかに光る彼女の黒髪がしがみついている。何かを笑い飛ばすかのような表情のなかに煌めく瞳は、こめかみをつたう川の滴に縁どられ恍惚と光を放っている。水から上がってくる彼女を遠目に眺めながら、これほど熱く、美しい人間の姿を私は見たことがないと感動していた。その瞬間からベラは私の中で水の女神へと昇華されていったのだ。 (後半へつづく)

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掘り出し物

近場でそれなりの規模の骨董市があります。そこで見つけた二つのアイテム。5時間ほど歩き回った末に、迷いに迷って結局買ってしまいました。 右はネクタイ用のプレス。ネットでしらべたら、1900年代前半にポピュラーだったような感じ。構造は至ってシンプル。二枚の板の間にネクタイをはさみ、圧力だけでしわを伸ばすというもの。何でもかんでも電化が進むこのご時世、こういったエコで機能的なものの良さが身に沁みます。 左は… どうやらバンガーというらしい。 答えはこのビデオの中で。

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気軽にオリンピックを見に行こう 

ついに2012ロンドンオリンピック開催の年がきた。この開催が決まった2006年、決定の翌日に地下鉄・バスの爆破テロ事件がありましたね。当時東ロンドンに住んでいたので、その当日のことが思い出されます。 さてさて、オリンピックを観戦に行こうと考えている人に、ちょっとお得な(?)情報です。 ロンドンの郊外、有名なハムステッド近くに住む知人が、空き部屋を提供するとのこと。オリンピックの期間にどうぞ使ってほしいそうな。ホテルに泊まるより安いだろうし、ロケーションとしては申し分ない(というより、市街地のホテルやB&Bに泊まるよりも、もっと「ブリティッシュ」な体験ができるよ!)オファーだと思います。 この知人、パトリックさんはシェフで、去年ロンドンで自分のお店を開いたので、滞在中一度は御馳走してくれるかも。。。興味のある方はぜひ、コンタクトとってみてはと思います。このブログのコメントに書き込んでもらえれば、詳細をメールでお伝えしましょう。     Image Featured on:User blog:Noahtomlin/London’s Take on Olympics to be Subtle, Distinctly British

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