テーマ『家族』

今回受験した検定での作文課題です。テーマは家族ということで、できた超短編です。

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会社帰りの電車の中でスマートフォンの画面を見つめながら、将は考えていた。そういえば最近は、「結婚しないんですか。」と聞かれることがめっきり減った。今年で四十歳になる。周りが気にしてくれる年齢を過ぎてしまったということなのか。

自分としては結婚もしたいし、人並みに家庭も持ちたいという気持ちもある。大手企業でキャリアを積み、人付き合いは良く、出会いもあるにはある。しかし、社会が求める理想の家族像を実現するのは、将には荷が重いと感じていた。

将は、自分の私生活を会社の同僚には明かしていない。実は、両親は伊豆で悠々自適の年金生活を送っているし、自分はしずえという一つ年下の女性ともう何年もつきあっている。しずえは自分よりも家系も学歴もよいのだが、それを全く感じさせない聡明な女性で、社交的で料理も上手い。それに、今年から幼稚園に通い始めた息子の世話もまかせっきりなのだが、いつもにこにこしている。将にとって、仕事から帰ってきてほっとする居場所があるのは、しずえのお蔭だ。息子悠一も申し分なくすくすく育っている。

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しずえとはインターネットで知り合った。携帯を初めてスマホにした時、たまたま「理想の女性を見つける」アプリを発見し、早速ダウンロードして、そこでしずえに出会ったのだ。初めは週に一度メッセージを送る程度だったが、返事はいつも前向きで、将は常に励ましてくれるしずえのキャラクターがとても気に入ったのだ。次第に週末を共に過ごすようになり、一緒にいる時間が将にはかけがえのないものに思えるようになった。

子供が欲しいと思うようになったのは、ある意味自然の成り行きかも知れない。ある日、その話をしずえにしてみた。結婚もしていないのにと驚かれるかもしれないし、相手が子供を欲しがっているかどうかも知らない。ドキドキしながら相手の反応を待つ将に、しずえは「嬉しい」とささやいてくれた。期待通りの展開だった。

そして、順調に悠一が家族の一員となった。将のかねてからの理想は、元気な男の子だった。しかも、兄弟の多い家庭で育った将は、一人っ子にあこがれていたこともあり、自分が家庭をもったなら、子供は一人と決めていた。悠一は本当に手のかからない子供だ。普段は会社から帰り、そっと寝室を覗けば、至福感を漂わせた寝顔に癒される。休みの日でも、滅多に泣いたりしない上に、遊んでやろうかと思えば、嬉々として子供らしさを発揮してくれる。

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メール受信を知らせる携帯電話のバイブレーションでふと我に返った将は、そのまま受信ボックスを開いた。新着メールは、高校の同窓会の知らせだった。

『少し先になりますが、来る六月二十八日に、平成二年度卒業生の同窓会を開催します。皆さんの参加をお待ちしています。つきましては、参加される方にはお名前と、もしご家族も同伴される場合はその人数をお知らせください。詳細は以下に…』

「あ、あいつが幹事なんだ。懐かしいなあ。」

ふとそう思った後で、将は複雑な気分になった。高校時代の仲間とは、十何年ぶりの再会となる。近況を知っている相手もそんなにいない。だから余計に、今どんな生活をしているのか興味もあるし、久しぶりに会ってみたい。その反面、卒業後、普通に進学、就職し、普通に結婚し、普通に家庭を築いているだろう同級生の幸せそうな様子を目の当たりにするのが怖い気もするのだ。

「普通の家族って…。」

そうつぶやくと、将は不意に何とも言えず心が沈み、ため息をついた。

実際の家族なんて、お互い非のある者同士が一緒になって、毎日なにかしらに我慢しながら、喧嘩しながら、あるいは心配しながら暮らしているに違いない。それなのに「普通の家族」たちはそれなりに「幸せ」なのだ。同窓会に行くのは良いが、周りがそんな連中ばかりでは、なにかつまらないような気もする。

特に子供の話をする連中が漂わせる幸せそうな雰囲気が、将には不可解でならなかった。子供には養育費もかかるし、子供が病気にかかれば仕事もそこそこに帰らなければならない。口では大変だと言いながらも、やはり幸せそうに見える同僚たちが、将には理解できない。人前で見せるそんな幸せそうな顔は本物なのか。それとも裏に抱えるいろいろな事情を隠すための仮面なのか。

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将が自分のプライベートを人に話さない理由は、彼の大切にしている家族が、実在しないからだった。それは、煩わしいことは何一つない、お金さえ出せば、いつでも自分が必要とする時だけそこにいてくれる家族を、手のひらサイズの画面を通して提供してくれる仮想スペースのサービスだった。裕福な両親も、理想の女性しずえも、憧れの一人息子も、みなこの画面の中にいる。ただ、そこに安らぎを見出している自分を、何となく違和感をもって見つめる自分もそこにいるのだ。

しかし実際、実在する理想的な家族など見たことがない。一方、テレビやメディアでは、理想的な家族の幸せそうなイメージがあふれている。植えつけられた理想像と現実とのギャップを、世間の人たちはどう消化しているんだろうか。

少しいらだちを覚えつつ、なんとなく周りへ目をやると、そこには見慣れた光景があった。かなり混んだ車内でほとんどの人間がそれぞれの画面にくぎ付けになっているのだ。将の気持ちは少し和らいだようだった。こんなにそばにいて、こんなに遠い人たち。それぞれが互いの存在を感じながらも、それぞれが全く次元の違う世界に全神経を傾け、互いに無関心でいる。これが自分の現実なのだと再認識したことで、自分に対して感じている違和感が慰められたような気分になったのかもしれない。

「そうだ、しずえに同窓会のことを伝えなきゃ。」

そうして専用のメールアプリを開くと、周りの世界はまた一瞬にして消えていった。

《完》

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About Dr Kats

a working sociologist/linguist/translator based in Odawara, Japan
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